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高松地方裁判所 昭和38年(わ)51号 判決 1963年4月09日

判   決

自動車運転者

八田豊

昭和一五年九月一七日生

右の者に対する傷害、道路交通法違反被告事件について当裁判所は検察官渡部史郎出席のうえ審理をなしつぎのとおり判決する。

主文

被告人を懲役四月に処する。

この裁判確定の日から二年間右刑の執行を猶予する。

訴訟費用は被告人の負担とする。

理由

(罪となるべき事実)

被告人は、

第一、昭和三八年一月二九日午後零時四〇分頃、三輪貨物自動車(徳六あ二四九五号)を運転し、香川県木田郡牟礼町大字原五二一番地先附近国道(幅員一〇米)を時速約五〇粁で東進中牟礼孝行(当時二一才)の運転する小型四輪貨物自動車(香四す六二八一号)が急に進路左側道路から該国道へ進出し左折したため、自車の前方約一〇〇米の国道上を同一方向に東進していた同僚藤井上運転の三輪貨物自動車が右牟礼の自動車との衝突を避けるため急停車を余儀なくされたことに立腹し、時速約六〇粁で進行を続け右牟礼の車の右側に僅かに約四〇糎の間隔を置いただけでこれが追越を開始した後右牟礼の車を未だ完全には追越し終らないうちに同車の右側前方部に自車の左側後方部を接触させて同人に対し暴行を加えるかもしれないことを認識しながら敢えて自車のハンドルを左に切り自車を左側寄りに進行させ、道路左端から約一米のところを時速約四〇粁で進行していた右牟礼の車の運転席と至近箇所である右側ドアーとフエンダー部に自車の左側後部を接触させて同人に暴行を加え、同人をして右自動車運転の自由を失わしめて同所附近路上に自動車もろとも横転させ、よつて同人に対し右顔面打撲擦過傷、右肘部打撲症等約一週間の通院加療を要する傷害を負わせた

第二、前記のとおり交通事故を起し、前記牟礼に傷害を負わせ且つ同人の車に損壊を与えたにも拘らず直ちに自車の運転を停止しないで鳴門方面に逃走し、負傷者の救護、道路における危険を防止する等必要な措置を講じなかつた

第三、判示第一記載のとおりの交通事故を起したにも拘らず、その事故発生の日時、場所等法令に定める事項を直ちにもよりの警察署警察官に報告しなかつたものである。

(証拠の標目)<省略>

(法令の適用)

被告人の判示第一の所為は刑法二〇四条罰金等臨時措置法三条一項一号に該当し、判示第二の所為は道路交通法七二条一項前段に違反し同法一一七条に該当し、判示第三の所為は道路交通法七二条一項後段に違反し同法一一九条一項一〇号に該当するが所定刑中いずれも懲役刑を選択し、以上は刑法四五条前段の併合罪なので同法四七条本文但書一〇条により重い判示第一の罪の刑に法定の加重をした刑期の範囲内で被告人を懲役四月に処し、情状刑の執行を猶予するを相当と認め同法二五条一項を適用してこの裁判の確定した日から二年間右の刑の執行を猶予し、訴訟費用については、刑事訴訟法一八一条一項本文を適用して全部これを被告人に負担させることとする。

(弁護人の主張に対する判断)

弁護人は判示第一の所為が故意犯であるから判示第二、三の所為につき犯罪が成立するかどうか疑問である旨主張する。ところで道路交通法第七二条所定の交通事故の場合の措置は、専ら被害者の救護及び交通秩序の回復等緊急を要する応急措置をとらせることを定めたものであるから原則としてその結果発生について故意又は過失があると否とは問わないものというべく、ただ同条第一項前段のうち負傷者の救護の義務(その余の第一項前段の義務を除く)のみに限定してみるとき、それが殺意をもつてなされたような場合にはその犯人が負傷者を救護しなかつたとしてもそれは犯人が予期する殺人を完全ならしめる、にすぎないからそれはその反社会性が殺人に包含されて評価さるべく、従つてかかる犯人につき負傷者を救護しなかつたことのみをとらえて救護義務違反とし、これを殺人(未遂)と別個に処罰することはできないと解するのが相当である(その余の第一項前段の義務も当然免れるということはできない)。しかしそれが暴行の犯意をもつてなされた場合即ち本件におけるが如く傷害の犯意もない暴行による結果的加重犯としての傷害である場合にはその傷害は犯人が予期しないことであるからその負傷者を救護しないことは犯人が予期した暴行に包含されて評価さるべきではなくかかる犯人につき負傷者を救護しないことは前記傷害と別個に評価し処断しうるものと解すべきである。従つて本件においては被告人の判示第二、第三の所為につき犯罪の成立を否定すべきいわれはないから弁護人の前記主張は採用しない。

よつて主文のとおり判決する。

昭和三八年四月九日

高松地方裁判所

裁判官 惣 脇 春 雄

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